Saturday, 13 December 2014

と思ったら…




まさかの、もう着いた。

スイスってアジアでしたっけ?の速さ。
確かに向こうから日本に送った時も、
一番安く送ったのに、異様に速く届いたけど、
入れてあった香水が抜き取られて、
返送されて来たから、
やっぱりスイスへ送る時は
もっと厳しいかと思ってた。
(でも丁寧に返送してくれるところが
流石って思う)

すごいなスイス。
国際交換局に1時間しかなかったということは、
税関のチェックが緩いのか?

でも普通に考えたら、
個人の贈り物なのに、ガパガパ箱開けて、
ガツガツ税金かけちゃう国が異様なのであって、
これが本来あるべき姿よね。と思った。

色々調べてたら、
対スイスはこんな感じが普通らしい。
最短2日って、上海に送るより速いんじゃない?
こっち系に詳しいブログを発見したので、
リンク貼っときます。


フランス厳しいと思ったけど、
この方曰く、ドイツの方が断然厳しいらしいです。
ドイツ在住の方、
気疲れお疲れ様です。

小さいことだけど、
こういうストレスが、
結構海外生活のダメージを
大きくする気がする。

スイスに移住した人は、
考え方の違いの大きさとかも考えると、
ダメージ相当少なくてラッキーだなと思った。
スペイン在住の方もお疲れ様です(笑)
もちろん、私個人の意見ですけど。

ということで、
本当は20日の◎の誕生日と
クリスマスとお礼を兼ねた箱だったのに、
速く着きすぎて、
逆にフライングになってしまった。

まぁ喜んでもらえたから
それで良しとしよう。







Wednesday, 10 December 2014

厳しいな、フランス



◎とお別れはしたものの、
スイス生活では本人にも周りの人にも
お世話になっていたし、
家に招待してもらったのに、
予定が合わず、招待のお返し招待が
出来ていない人もいたので、
クリスマスプレゼント&
お礼を送ることにしました。

と言っても、
形に残るものは、
いかがなものかと
思ったので、
小さなダルマさんと
本は入れたものの、
基本日本食にしました。

◎のお母さんの彼氏が、
国境近くのフランスに住んでいて、
荷物を送る時は、税金取られるから
フランスのその人の所に送ると
聞いていたので、
フランスの住所へ送るつもりで
郵便局へ行きました。

窓口のお姉さんが、
なんだか物知りそうだったので、
軽い気持ちで、
「フランスに送ってもスイスに送っても
大して違わないですよね?」
と聞いたら、
「違いますね!フランスは、すごくうるさいです。」
と予想外の返答。

何でも禁止項目が多く、
フランス出版以外の書籍や
食料品全般は禁止されているらしい。
(7年前にフランスの友達に日本食がっつり送って
全然問題なかったけど、
ど田舎宛てだったからか、
最近規則が変わったのでしょうか。)

「向こうで税関に引っかかる割合は
どっちにしろ一緒だから、
スイスがいいんじゃないですか?」
と言われ、
結局スイスにEMSで送ることにしました。

「お米入ってないですよね?」
って言われて、
入ってないと言ったけど、
実はレンジでチンするだけの
赤飯が入ってました。
調理済みだから
いいんじゃないかと
勝手な解釈で(笑)

家に帰って、日本郵便のHP(↑のリンク)
で色々見ていたら、
お姉さんが言っていた通り
フランス厳しそうでした。
禁止項目イギリスより多いし、
特別条件も細かい。

あとスイスへは
Croix-Rougeと書かれた物は
送っちゃいけないらしい。
色々あるんだなぁ。

そして、
スペインへは内容物の金額30ユーロ以下で
記載しておくと税関で引っかかりにくい
という噂を思い出して、なんとなく
本当の値段の半額以下で書いてみました。

後は税関で引っかからないように
祈るのみです。
無事届きますように。。





Tuesday, 9 December 2014

ヒカルノ・ハッタ空港…



デヴィさん、めっちゃ光ってる(笑)

こないだトランジットで4時間過ごした
ジャカルタのスカルノ・ハッタ空港。

待ってる時に、
「スカルノ…スカルノ…デヴィ・スカルノか!」
と、デヴィ夫人って空港の名前になるような人の
夫人だったのか。
と、いきなりデヴィさんに興味が出て、
帰って来たら、このポスター。
何でもやるんだなぁ。この人。

本名根本さんで純日本人。


整形+総入れ歯らしい。美人。


秋篠宮殿下を皇太子にしようと署名活動してるらしく、
有名人のブログでそんなこと言っていいのか位
はっきり皇太子様と雅子様を大批判。

ただ、単に批判してるというよりは、
人にはそれぞれ、
その人らしく力を発揮できる環境というのがあって、
皇室は雅子様にとってそういう場所ではない。
と言っているし、
デヴィ夫人自身、大統領夫人という経験があっての、
皇太子妃という立場でのあり方への批判であって、
考えさせられる内容だった。

ただ光ってる人じゃなかったんだな、デヴィさん。

普段気にしていないけど、
2000年以上も続く世界最古の皇室の今後について、
私もちゃんと知識を持たなくては、
と思ったりした。





Friday, 5 December 2014

Interstellar



最近の私の傾向にドンピシャ。
予想以上に面白かった。


↑詳しい内容はこちらで。

CERNに行ってからというもの、
物理学者に対する色眼鏡がすごくて、
この映画で更にひどくなりました。
(もしこれを読んでる方の中に
物理学者の方がいたら、
是非友達になってください!)

重力とかを計算式で考えられるなんて、
どんな脳みそしてるんだろう。

何かで、ハエは人間の何倍速もの速さの中で生きているから、
どんなに人間が早く叩こうとしても、
ハエにとってみればスローモーションに見える。
というのを見たのですが、
ハエと人間でも違うのであれば、
宇宙規模の話になれば、
違う星にいるだけで、何倍もの速度で老けていくとか
普通のことなのかもしれないと思いました。

本当に将来色々と判明したら、
過去に何かしらの信号を送ったりできるのかな。

物理学者の研究にものすごく期待しています。

ちなみに、友人の友人の物理学者さんは、
この映画は矛盾点が多くて好きじゃないと言ってたらしい。





Wednesday, 3 December 2014

音はそちらでお願いしたい



besosというか、bisousというか、
あの欧米人がやるホッペの挨拶。
初めて習ってから早8年、
今更だけど、私は音を出していなかったらしい
ということに気づいた。

欧米人でも音出さない派がいるようで、
20人に1回位、お互い無音の時があるけど、
中々気まずい雰囲気。

ただ、この無音派の人とは、
それぞれ1回ずつ位しかbesosしたこと無かったみたいで、
無音の時があるのは、たまたまだと思ってました。
もしくは、お互い何か喋りながらやってるからとか。

今回の太陽光発電の仕事で知り合ったイタリア人が、
この無音派に所属している人だったらしく、
毎回無音になるので、8年目にしてやっと、
自分では音出してるつもりで口動かしてたのに、
全然音出てなかったということに気づきました。

なので、意識して音出ししてみることに。
今まで肺活使用量ゼロだった人にしてみると、
これが意外と疲れて、正直面倒くさいです。

あと、国によって回数とか、
左右違うのとか、
人によって考えなきゃなので、
なんか面倒くさいです。

私はイギリス留学してた時に
周りがスペイン語圏の人ばっかりで、
スペイン式に右、左の2回で身に付けたので、
スイスの右、左、右の3回はとても多く感じるし、
イタリア人の左、右の2回は、おっとっとってなります。

初回にイタリア人と、おっとっとってなったので、
イタリアでは左からなのか質問したら、
「どっちからでもいいんだよ。
自然な流れでやるものだから、
決まりなんてないんだよ」
と言われたので、
次も右から動いたら、
向こうはやっぱり左から来たので、
イタリアでは左からだと思われ。
(参考人物:どっちかと言うと北部出身の2名)

そう言えば、スペイン語の先生が、
アメリカに長期滞在後に帰国して、
親戚の集まりに行った時、お母さんから、
「ほらっ、ちゃんとbesosしなさい!」
って言われるのとか、面倒くさーい!って
言ってたのを思い出しました。
(ってことはアメリカでは全然やらないのかな?)

その話聞いた時は、
ふーんって思っただけだったけど、
今になって、激しく同意です。

今思えば、無音派の人って、
硬派だけどシャイじゃない男性が
多いような気が…
(確かじゃないけど)

とりあえず、音出しだけは、
besosネイティブの方々にお願いしたいと
個人的には望んでいます。






Monday, 1 December 2014

間違いどころすら間違っている。。


今回Kuala Lumpurへは、安かったので
Jakarta経由でGaruda Indonesiaを使って行きました。

またしてもガラガラフライトだったので、
座席使い放題だったし、
制服がすごく私好みだったし、
特に言うことなしでした。

時差もそんなにないので、
寝る必要もなく、
映画を観ることに。

Colin FirthとNicole Kidmanと真田広之の、
The Railway Man(邦題:レイルウェイ 運命の旅路)
第二次世界大戦中の話で、
イギリスの将校の自叙伝を基にした実話です。
日本人として、これは観ておいた方がいいと思います。
日本人がどんなことをしてきたのか、
少しだけど分かります。

戦争の話だと、日本人がその他のアジアの人達に対して
したことなんかが主に話されるけど、
イギリス人の視点で描かれているので、
また違った視点で観られる映画です。

ということで、
英語音声に勝手に中国語字幕がついてきたので、
そのまま観ていました。
この映画で真田広之は、永瀬 隆という、
日本軍で英語の通訳をしていた
実在の男性を演じています。


↑この人。真田さんは終戦後からの、この人役で出ます。
スクリーンを写したので反射してますが、
NAGASE TAKASHI
と記載されていて、
これを見せられたNicole Kidmanも
「Nagase...」と呼んでいました。

…って、あれっ???
今、字幕何て出た???
ん???

って思って見てたら、
次はColin Firthに向かって、
別の俳優さんが言います。
「Nagase...」

あれっ???


字幕が…字幕が…
「長瀬 智也」になってる!!!


ずっとずっと、
映画が終わるまで、
「Nagase」が長瀬智也で字幕付けられてました。

飛行機で一人大興奮して、
静まり返った機内でパシャパシャ写真撮りました。

いい映画なのに。
真面目な映画なのに。
文法とか言い回しとかじゃなくて、
そこかぁ!っていう。

国民的アイドル国境越えすぎ。
ジャニーズ恐るべしです。






Thursday, 27 November 2014

自分の居場所



ジュネーブを出てから、短期間に何だか色々と立て続けに起こり、
ハンガリーで就職という結果になりました。


ジュネーブ出発
 ↓
バルセロナ再上陸、友人と会い、ノスタルジック観光
 ↓
トランジットで、シンガポールに入国し、17時間観光
 ↓
東京に帰国
 ↓
この先どうしたもんか決めかねる
 ↓
某県での太陽光発電所の建設の為に来日しているスペイン人たちに出会う。
2年位の通訳兼アシスタントを探していると知り、飲み屋で立候補する
 ↓
Madridの本社からCVにOKが出て、オファーをもらう。
◎に2年なら某県に行っていいよと許可をもらったので、
2年仕事してスイスへ戻ろうと考えるも、心に不安が残る
 ↓
色々と考え、話し、◎と経済的な理由+αにより、円満お別れ
 ↓
スイスに行かないなら、短期の仕事はしたくないと、
スペイン人に断りを入れつつも、日雇いで通訳をして,
太陽光発電について少しだけ知る
某県の権力者がどういう人達なのか少しだけ知る(筋さえ通せば陽気なおっさん)
日本人は接待で男性をキャバクラへ誘う実態を目撃する
 ↓
更にこの先どうしたもんかと悩む
 ↓
履歴書の内容的に日本で就職活動すると心をへし折られそうと思い、
とりあえずシンガポールの日系企業で就活を開始
 ↓
シンガポールでも日系企業なので、転職回数の多さと、
一個の会社での勤続年数の少なさを理由に難色を示される
 ↓
へこむ。落ち込む。これはマズイと思って枕を涙で濡らす
 ↓
マレーシアの方が戸口が広いという情報を目にする
 ↓
気になるけど、行ったことない東南アジアへの移住を即決できず
 ↓
だったら行って見て来ようと数日先のフライトチケットを購入
 ↓
出発前に、いつも行ってる美容院に行き、
「それでいいんですか?」とサラッと言われる。
(担当さんは私がヨーロッパが好きで、ずっと住みたかったのを知っている)
 ↓
その言葉が気になるも、可能性としては、ドイツのギリホリで、
大至急ドイツ語を勉強して就活する位しかないしなぁ…と、
ドイツの求人やら生活のイロハを検索しつつ、
心ではそれは何かが違う気がしている
 ↓
ドイツの求人に紛れて「東欧 ビザ手配可」の求人を目にする
 ↓
一応、条件はかすってるし、応募するのはタダだと思って履歴書送付
 ↓
求人出してたイギリスのエージェントさんから電話があり、
場所はハンガリーであることを知る。
電話片手に仕事内容を聞いている間に、反対の手でハンガリーの治安だけ
ネットでチェック。
危なくないならヨーロッパだし想像つくからいいや。とそのまま応募。
 ↓
すぐに面接の連絡が来る。しかもマレーシアに出発する日の面接。
 ↓
夜19:00からSkype面接をし、20:15に家を出て羽田空港へ。
経歴を細かく突っ込まれたし、長期滞在出来る人がいいと言っていたので、
Job Hopper前科持ちの私は無理かもと思いつつ、
マレーシアで気分転換して、ダメだったら次だ次!と思う。
返事は1-2週間後とのこと。
 ↓
クアラルンプール到着
飛行機の中で、面接の時に肝心の残業時間と保険について
聞かなかったことに気付き、ホテル着いて速攻でエージェントさんに
確認依頼のメールをする
 ↓
ノープランだったけど、クアラルンプールで知り合った人たちと
意外と楽しく過ごす。でも移住はしたくないなと思う
 ↓
面接の2日後に、まだ残業時間の返事すら来てないのに、
メールでオファーをもらう。条件は免許をATからMTにすることだそう
 ↓
基本的にはオファーは受けたいが、前職の14時間勤務のトラウマから、
残業時間の確認なしには受けられないとメールで言う
 ↓
KL4泊後、夜中に東京に戻り、自宅に着いてから
エージェントさんと深夜のSkype。
残業は基本なしということで、オファーを受ける
 ↓
久々の自動車教習所に通いつつ、
絶対にハンガリーでエンストする自信がつく
 ↓
今更シンガポールの会社から、ご縁がなかったとお知らせを受け取る
 ↓
今に至る。


今までヨーロッパに住みたいと言い続けて来たものの、
じゃあどこの国で何をしたいかっていうところが、中々自分でも分からなくて、
色々行ってみたり、日本で仕事しようとしてみたり。

それでも何だかしっくり来る居場所がない中、
◎と出会ってスイスに住んでみて、とっても居心地が良かったし、
住めたらいいなと思ったし、そういう話になってたけど、
自分のビジネスを始めたばかりの◎に、
「将来スイスで仕事バリバリ出来ると言い切れない私」
という荷物を背負わせるということが、
何だか消化出来なかったし、疑問と不安が大きくて、
一歩踏み出すことは出来なかった。

結局私は、猜疑心が強いから自分の力である程度立っていないと、
全然安心できないし、でも逆に一度人に寄っかかったら、
どんどん怠け者になってしまうんだろうな
ってことも、よく分かった。

今までハンガリーに住むなんて考えたこともなかったし、行ったことないし、
2人しかハンガリー人に会ったことないし、
グーラッシュとドナウ川しか知らなかったけど、
今、ある程度ちゃんとした会社で、自分で仕事をしながら、
ビザの期限が切れた後の生活を心配せずにヨーロッパに住めるという将来が
目の前にやって来て、今までで一番しっくりきている気がする。

両親に対しては、散々お世話になってきて、
恩返しする前に遠くに行ってしまうこと、申し訳なく思うけど、
同時に、お世話になりながら色々試行錯誤して来たことが、
やっと形になったことに、恩を無駄にすることにならなくて良かったとも思う。

20歳位の頃、バイト先のイタリアンのシェフの人生が素敵で、
「シェフの人生が羨ましくてしょうがない」と言ったら、
「そんなん自分の人生頑張ってたら羨ましくなくなんねん」と言われたのが
心にずっと残ってて、人のこと羨ましいと思うたびに、
「シェフはああ言ってたけど、ちっとも羨ましくなくならないよ」
と思ってたけど、
今、当時のシェフの年齢+1歳になって、やっと言われたことが分かった。

頑張って自分の居場所を決めたからには、後はそこで一生懸命に頑張るだけ。

そんな訳で2015年、ハンガリーのブダペストに移住します。